二種類の「欲望」が存在する世界だよ

おっしゃるとおり
欲望のない人間なんて
人間とは呼べないのかもしれないね

けれども 欲望 
その言葉には
落とし穴がひそんでいて

欲望という言葉には
ぼくの見立てでいくと
いい意味での欲望と 
わるい意味での欲望
二種類の意味が
そこに内包されているんだ

いい意味での欲望
それをぼくは 
とりあえずのところ
「今紡(いまぼう)」
そう呼んでみようかな

本来人間は
欠乏必要という
両輪があって
はじめて安定して
前進することができるよ

欲望を感受する
と同時に
必要欠乏
その両輪が同時に回転し
バランスを取り合うことによって
過不足のない
不純物のない
確かな行為
へとつながるんだ
 
原因があって
ぽっかりと空いた
欠乏穴
そこへ必要なものを獲得し
穴を埋めることによって
結果満たされる
わけじゃなく

原因も結果も関係なく
生きるプロセスそのものが
満たされつづけている

ということ

いま 眼前にあるもの
いま 鉢合わせているもの
それらを未来にためこんで
先延ばしにすることなく
いま 
そのゼロポイントから
湧きいづる糸を
たんたんとつむいでゆく
ただそれだけ
そのシンプルイズベスト

水を得た魚へといざなうよ
これこそが
いい意味での欲望
今紡(いまぼう)の現出さ

始めは誰しもが
新品未使用の
メンテナンスの不要な
完全無欠な欠乏と必要
その両輪を備え
この世に生を受けるよ

ところが多くの人は
成長とともに
社会のあらゆる
制限に縛られ
価値観を押しつけられ
他者と自分とを
比べること
競争することを
強要され
洗脳され


やがてはその人は
その人にとって
不要なものまで
求めざるをえなくなり

あれもこれもそれもこれもで
いまこの瞬間だけにできる許容範囲
そのボーダーラインを越えてしまい
求めるすべてを
処理しきれなくなっていってしまうよ

そうしてふくれあがった
欠乏
必要を凌駕して
とどまることを知らず
ご近所からけむたがれる
異臭を放つゴミ屋敷のように
欠乏のゴミの山
未来へと溜めこまれてゆき
肥大することをやめないよ

そうして
欠乏の片輪だけが
暴走を始め
不安定な片輪走行の
蛇行運転状態に

これこそが俗にいう
わるい意味での欲望
その誕生の瞬間さ

わるい意味での欲望
その人を
いま という名のリアルじゃなく
未来 という名の人参(虚妄)
目の前にぶら下げた状態の
のようにしてしまうんだ

片輪走行状態
その人は
何が必要で
何が不要だったかをも
判断する能力を失い
安定感を失い
満たされることなく
右へ左へとふらつきながら
欠乏に次ぐ欠乏を追い
さまよいつづけるよ

場合によっては
壁に激突するかもしれない
場合によっては
崖から転落してしまうかもしれない

かと言って 
片輪走行状態
自力でなんとかしようとすれば
この状態をなんとかしたい
この状態から抜け出たい
という欠乏の上乗せによって
欠乏をさらに肥大させてしまう
そんなことにもなりかねない

困った
さあどうしようか

童心の頃に味わった
あの今紡状態
この手に取り戻すことは
かなうのか
かなわないのか

今紡状態への
扶助として
瞑想だったり
ヨガだったりが
あるんだと思うんだけれど
みんながみんな
その方法でうまくいくとも限らないよね
だって
じっと鎮まれるだけの
ゆったりと呼吸ができるほどの
時間の余裕と
こころの余裕がなきゃいけないし
身体的にそれが無理な人がいるだろうし
能力的にそれが無理な人がいるだろうし
やってて楽しくない人がいるだろうし
やってて逆に落ち着かなくなる人がいるだろうし

せっかくの瞑想ヨガでも
それらを活用できなければ
何の意味もないのと同じように
清掃を怠っていると
間もなくその場所には
が積もり始めるように
必要欠乏の両輪も
メンテナンスを怠れば
すぐにゴミがこびりつき始めるよ
なんせぼくらは 
ただでさえ
欲望を刺激するものがひしめく世界を
生きざるをえない存在
だからね
汚れるのなんて
ほんとあっというま

じゃっくはというと
めんどうくさがり屋で
欲望に流されやすくて
たびたび
頑固な汚れがこびりついては
痛い目にあってきたんだってさ

そんな面倒くさがりで
三日坊主なじゃっくも
ゆいいつ長続きしてる
メンテナンス不要で
面倒くささとも無縁で
教本も道具も場所も何もいらない
ダイソンもびっくりの
最強掃除兵器
明日はご紹介するよ












今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「欲望 / ホフディラン」
作詞作曲 Yuhi Komiyama

僕らを動かすその夢を 二人で探しに行こう
全てを惑わすその嘘を この場に捨て去っていつか





いつもありがとう。生き着くとこまで今日も歩いてみるか。
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No title

今紡にあるときの「我を忘れる感」をいとしく思うよ。きっとわるい意味での欲望が暗幕の役目になるんだろうな。

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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