たての糸の国とよこの糸の国の短い物語だよ

あるところに
たての糸の国があったんだ

たての糸たちが住む国では
うれしい という心(こころ)
それだけが存在していて
うれしい が あたりまえの日常で
あたりまえすぎるがために
誰も うれしい とはなんなのかを
考えもしなかったし 知りもしなかった

そんなある日
たての糸の国に
シレン という名のわざわいは
突如やってきたんだ

たくさんのシレン
激しく吹きすさぶなか
たての糸たちは
どんなに束になっても
ひも状ののれんや
フリンジのように
バラバラになってしまい
隙間だらけになってしまい
シレンを防ぐことができなかった

たくさんの 家々や仕事場
たくさんの 道や乗り物
たくさんの 木々や農作物
たくさんの たての糸たちが
破壊されてしまったよ

生き残った
たての糸たちは
途方に暮れたんだ

うれしい 
その心(こころ)しか知らなかった
たての糸たちは
今のこの 
自分たちの気持ちを
どう処理すればよいのか
まったくわからなくて

難民となり
国をはなれ
あてもなく歩き始めた
たての糸たち

行き着いた先には
よこの糸の国があり
たての糸の国と同じく
シレンがそこを
とおり過ぎた直後であることが
たての糸たちには 
すぐに分かったんだ

かなしみ 
その心(こころ)しか知らない
よこの糸たちは
その感情が 
あたりまえの日常なので
たくさんの 
大切なものが破壊され
シレンが過ぎ去ったあとも
いつものように 
あたりまえに ただ 
かなしみ
沈みつづけるだけ

たての糸たちは
よこの糸たちを目の当たりにし
自分たちが 
かなしい
そう感じている真実を 
初めて理解したんだ

たての糸たちは
よこの糸たちを
抱きしめたよ

よこの糸たちは
たての糸たちに
抱きしめられた
その瞬間に
今までに一度も
感じたことがなかった
うれしい という心(こころ)が
こみあげて来るのを
感じていたんだ

たての糸たちと
よこの糸たちは
お互いを尊重しあい
かといって
手と手を取り合うでもなく
新しい国を 
築き始めたよ

たての糸たちと
よこの糸たちが
織りなす布は
どんなシレン
待ち受けていようとも
傷つき 倒れた
誰かをかばい
傷つき 倒れた
誰かをあたためたんだ

その布が
何度やぶれようとも
何度穴があこうとも
たての糸たちと
よこの糸たちは
何度でも修復し
何度でも新たな布を織りなしたよ

たての糸たちと
よこの糸たちの
心(こころ)に傷を負わせられたとしても
芯(しん)までをも
破壊することは
シレンはもちろん
運命にさえも 
できなかったんだ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「糸 / 中島みゆき」
作詞 中島みゆき

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない






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sayamaさん

聖者の行進ていうドラマのエンディングテーマだった!

No title

しみじみといい歌だなあと。

みいこさん

おはようございます。


>縦と横の糸って…
生きるって事みたいですね。

ありがとうございます。
中島みゆきさんの歌詞にインスパイアされ、
ぼくもそう思って書きました。



生も死も、どちらもいつでも隣り合わせですね。
いつ何時も両方が同居しています。

天災にしろ、人災にしろ、実は本質的には同じもので、分け隔てられるものではなく、起きるときに起きてしまうものです。

みいこさんの中に起きている不安や恐れは、まさにその不安や恐れを味わうがために起こっています。

でも、その只中にいるときは、とてもそんなふうに見方を変える余裕なんて持てないですよね。



ですが、極寒の中で春を待つ土の中の生命体のように、負の感情も、自らを輝かせるための大切ないとなみです。


家の窓は閉め切ってしまうと空気が入れ替わりませんが、こころの窓は誰にも閉め切ることはできません。

なので、暮れない昼はありませんが、明けない夜もまたありません!

おはようございます。

縦と横の糸って…
生きるって事みたいですね。

震災も…昨日の大雨災害も…
中々経験出来ない事させられて…
心の中わちゃわちゃしています。

死はいつも隣り合わせなのかな…


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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。