「オレにとって嫌なウソはつくな」 「オレにとって正しい大人になれ」

塾をさぼったにもかかわらず
行ったことにしてしまい
ばれてしまい
咎められてしまった
近所の少年が
父親に
こんなふうに言われたそうです

「嘘をつかない
正しい大人になってほしい」








「嘘をつかないことが
正しいこと」
だなんて
なぜにそうもはっきり
言い切れるのだろう

そもそも
「正しい大人」って──
なに?

正しい大人になることができた
具体的人物名をあげてほしい
率直にそう思いました






嘘をつかずに
生きれるほどに
みんながみんな
強くなんかありません


正しい行動だけを
取り続けられるほどに
みんながみんな
強くなんかありません


さらに言うなら
「嘘をつかない
正しい大人になってほしい」と
子供に言って聞かせた
世界中のすべての父親は
「嘘をつかない
正しい大人になってほしい」だなんて
本当は思っていません



本当のところは
「オレにとって嫌なウソはつくな」
「オレにとって正しい大人になれ」

このことを
自覚的にも
無自覚にも
子供に言い続けているのです

私自身も
自分の価値基準にあてはめながら
子供を叱っていることに
ハッとし
我に返ることがあります
ですが──






それでいいのです





結局のところ
個である人は
自分の価値基準を経由せずして
子供を叱りつけることなど
決してできない
から



とはいえ
自らの主観を疑い、精査し、向き合う努力
それを放棄しろだなんていうことが
言いたいわけではありません

やれるだけのことをやってもなお
どうにもならないことも
ある
けれどもやるしかない

ということです



数日前
子育てに関する悩みを抱えている
読者のひまわりさんから
非公開で相談のコメントをいただき
返答した私のコメントが
今回の記事の補足になりそうだったので
最後にその
返答コメントの一部を引いて
終わりにしたいと思います。




極論のように聞こえてしまうかもしれないのですが、
子育てに正解なんてないです。
逆に、不正解があるわけでもありません。

ダメな親を反面教師にし、
人として成長する子供だってたくさんいます。

出来過ぎた親を持ってしまったがために、
釣り合わない自分に苦しむ子供だっています。

過干渉されて育ったからこそ、
自分は子供にそれをしないでやろうと思う
教育観が彼に芽生えるかもしれません。

放任されて育った子供すべてが、
周囲の人や将来の自分の子供に対して
放任的になれるかと言ったら、そんなこともありません。



矛盾して聞こえてしまうかもしれないのですが、
正解も不正解もない、ということは、
「正解しかない」ということに等しいのです。
ひまわりさんと息子さんが抱える「苦」も含めて。です。








IMG_20160613_084357.jpg

今年も鉄馬の女たちに託したいほどの
たくさんのパクチーの種が収穫できました。











あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「エレファントカシマシ / 愛すべき今日」
作詞 宮本浩次

闘いの神よ 人は目覚めてゆく
愛すべき今日の日に ヤワな俺が顔を出す
輝く光 君と感じたいのさ
今日を行くぜ 大切な君と 行くよ




パクチーの種を差し上げます。
詳しくはこちらの記事↓を読んでみてください。

http://domidorikun.jp/blog-entry-435.html

希望のメールを下さった方へ 
メールを送信してから10日経っても届かないようでしたら、またメールください。




この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

「金を求めすぎれば 金中毒になるぞ」 byイモータン・ジョー

「お金をなるべくかけずに
いかに楽しく生きるか」

今生の私のリアル人生ゲームにおける
テーマのひとつです。

決して
「お金はまったく必要のないもの」
言っているわけではありません。
現代社会において
必要不可欠なアイテムであることは
疑いの余地がありません。
かと言って
「失えば生命が絶たれるようなもの」かと言えば
そんなこともありません。





「水を求めすぎれば
水中毒になるぞ」
とは
マッドマックス怒りのデスロードにおける
イモータン・ジョーの格言ですが
この格言はそのまま
「金を求めすぎれば
金中毒になるぞ」

言い換えることができます。


金に囚われすぎたなら
金の奴隷となって生きることとなり
自らを見失うことになるわけです。





世紀末世界の支配者は
この世界に秘められた真実
そのヒントをそのように明かしてくれましたが
現代社会の支配者は
ヒントは明かしてくれないし
表舞台にも姿を現さない
という
なんともサービス精神に欠ける支配者で
イモータン・ジョーを見習ってほしいものなのですが。



たとえば私にとって
「オークション」
脱・金中毒のための重要なツールのひとつで
洋服だったり
食料品だったり
生活用品だったり
バイクのパーツだったり
ペットの餌だったり
植物だったり
オークションがあってくれたおかげで
経済的弱者であっても
必要な物があれば
ピンポイントでそれを探し出し
それが不要になった人から安価で入手することが可能になり
不要になった物があれば
それを必要とする人がピンポイントで探し出し
いくらかで買ってもらうことができる
大量生産大量消費の
狂気(マッド)な経済至上主義に歯止めをかける
合理的なサイクルの中で
自ら物質を流通させることができます。

まさに
インターネットが生み出した
新しい形の経済
がここにあります。





私のように
インターネットが普及したことによって
オークションを利用したり
ブログを開設することができたりと
たくさんの恩恵を受ける者がいるその一方で
知的財産や
物質的財産の共有化が進んだことによって
衰退の一途を辿っている産業も
数知れません。


出版社や音楽業界は
とても顕著な例でしょう。
洋服やスポーツ用品や
家具や電化製品だって
中古であれば
インターネットで格安で入手できる時代です。



これからは
スポーツだけで食べて行ける人
音楽だけで食べて行ける人
俳優だけで食べて行ける人
といった類の人間は
どんどん少なくなって行くだろうと思われます。
別になんらかの仕事をしながらでなければ
生活が成り立たなくなっていく認定プロや表現者が
どんどん増えて行くのではないでしょうか。
今までは雲の上の存在だった人々も
身近な存在へと移り変わってゆきます。
「経済格差」
なくなっていきます。

ただし
1%以外の
99%の人々の中においての経済格差
です。



そういう時代が到来してもなお
1%の中にいれる人々というのは
支配者にとっての「利」として動ける人々です。

支配者にとって都合のいい
扇動情報を流してくれる人間だったり。
支配者にとって都合のいい
システムを開発してくれる人間だったり。
支配者にとって都合のいい
雲隠れになってくれる人間だったり。



そんなわけで
残念なお知らせがひとつ。

マッドマックス怒りのデスロードの世界は
すでに現実のものとなりつつあります。
砦(シタデル)に鎮座まします
支配者(1%の人間)が治める地球は
そう遠くありません。
というよりも、
この地球はすでに
彼らの手中にある状態
と言ってしまって
過言ではありません。
なぜなら地球は
貨幣なくして人が生きれないように
隅々まで整備され尽くしているからです。

部品はすでに全部揃っていて
あとは組み立てて完成させるだけの
プラモデルのようなものです。
今はもう、
組み立て始めている段階にある
のです。





うれしいお知らせがひとつ。

1%の支配者たちは
地球を支配することはできたかもしれませんが
世界を支配することまでは
未来永劫にできません。
なぜなら
彼らをも内包(支配)している
その究極の支配者こそが
「世界」にほかならないから
です。
世界から見れば
彼らは釈迦の手のひらの孫悟空
にすぎないのです。


わたくし、じゃっくと
どみどりくんが
これからもそのことを
証明し続けます。


IMG_20160531_161658.jpg


IMG_20160607_133150_convert_20160608002539.jpg

カブトムシの蛹だったものが、黒光りしています。
もう間もなく、土から這い出て来るものと思われます。











あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「キケンなふたり / シシド・カフカ」
作詞 シシド・カフカ
デデデ Danger 最強ダブルス
男なら死ぬまでがゲームです
グズグズしているなら終わるわ 空を見て
暗い夜が明ければツキは消えていく
1・2・3 GO!




パクチーの種を差し上げます。
詳しくはこちらの記事↓を読んでみてください。

http://domidorikun.jp/blog-entry-435.html

希望のメールを下さった方へ 
メールを送信してから10日経っても届かないようでしたら、またメールください。




この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

人間を人間たらしめている唯一無二のベストバランス

二ヶ月ほど前、
「ハオルシア」という植物を入手しました。
別名「十二の巻」(由来が知りたいですね)。
この方↓です。

IMG_20160529_095005.jpg




ネットで検索するとわかりますが、
ハオルシアにもいろんな形のハオルシアがあります。
こんな珍妙なハオルシアもいるようです。

03bd2d475765c40d141fe988cdf9b6e3.jpg

園子温監督「リアル鬼ごっこ」の
ショッキングなオープニングシーンを彷彿とさせる断面感です。







話しは最初のハオルシアに戻りますが、
飼い始めて一ヶ月ほどが経過した頃、
これまた珍妙な、謎のひもがニョキニョキと生えてきます。
とげとげしいヴィジュアルからは想像もつかない、周囲の誰も傷つけようがない何かです。


全部で2本生えているのがわかります。
初めて見た時は、何か別な生命体がハオルシアに寄生したのではないかと思ったものです。

IMG_20160529_095031_convert_20160606150555.jpg






この写真からさらに一ヶ月経った今では、
7カ所ほどから生えてきています。




するとなんと、
このひもの先端が拡散したかと思うと、
それぞれの先っちょが蕾となり、
花が咲き始めたのです。

IMG_20160607_084620.jpg


ベジータの頭のような攻撃的な様相から、
このようなアンバランスな形体で花が咲くだなんて、
一瞬でも想像することができませんでしたね。





ところが
私の主観が勝手にこの姿や様相をアンバランスに見ているだけで
この十二の巻にとっては、
このアンバランスな姿形こそが
唯一無二のベストバランスなのです。






自分が見ればゴミ屋敷でも、
使ってる本人にとってはベストな状態だったり。

自分が見ればブスな人でも、
その人を愛している人にとっては、
それがその人のベストな容姿です。

自分が見れば幸せそうな人が、
自殺を視野に入れているほどに、
悩みもだえているかもしれません。


人間同士においても日々起こり続けているこの
偏見現象






ここで視点を変えてみてください。
「偏見」があることこそが、
人間を人間たらしめている
唯一無二のベストバランスだとしたら──?


lgf01a201306260300_convert_20160606201544.jpg
著作者: t.abroudj



自分とは違う主観フィルターや価値観の人間も、
今よりほんのちょっぴりは許せるかもしれません。












あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「ドラマチックアラスカ / 人間ロック」
作詞 ヒジカタナオト

ろっくでなしに愛を鳴らして突き進め
不器用でも僕は自由だ
すなわちロックンロール
六弦震わせて鳴らす僕の等身大
何かが変わる気がしたんだ
答えろ人間ロック




パクチーの種を差し上げます。
詳しくはこちらの記事↓を読んでみてください。

http://domidorikun.jp/blog-entry-435.html

希望のメールを下さった方へ 
メールを送信してから10日経っても届かないようでしたら、またメールください。




この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

『運命は自分で切り開ける』という意識レベルと 『運命は変えられない』という意識レベル

数日前
友人からこんな内容の質問を受けました。

妻のことをどうしても愛することができないが
努力次第でいつか愛せる日は来るのか。

あるいはその時々の距離感や
共に過ごした時間などによって
それは変化していくものなのか。







質問に対して私は回答したのですが、
読者のみなさまにも何らかのお役に立つような気がしたので、
要約して掲載してみようと思いました。

表現の中に「レベル」という言葉が使われますが、
私たち人間は「レベル」と聞くとそこに優劣を見い出す習慣があります。
ゲームにしろ勉強にしろ「レベルが上がる=成長」を意味しますから、当然と言えば当然のことです。
ですがこの回答に関しては「優劣の話」ではないことと、
「個人差」もあるだろうことに注意し、読んでいただければ幸いです。




愛する努力をし、その努力が実る場合はあるし、実らない場合もある。

そして、「実るか」「実らないか」という行き着く結果は、すでにさだめられている。

私たち人間が、自らこの肉体や個性を選んで生まれてきたわけではないように、
ある人とのあいだに生まれる距離感も、共に過ごす期間も、
本当のことを言ってしまえば、自分では選ぶことができない。

かなりざっくり、乱暴に人間の持つ意識を2種類に分けてしまえば、
『運命は自分で切り開ける』という意識レベルの次の大きなステップに、
『運命は変えられない』という意識レベルが待ち受ける。

それが人間として行き着く終着点としての意識だが、この世界のほとんどの人間は、自分が人生を切り開いているような錯覚を享受しながら生かされてる。

成功の法則や引き寄せの法則の類いは、すべてがその意識レベルにある人のためにある。
本当にそのとおり願望が実現したり、実現しなかったりして涙をのんだりしながら、人生の荒波に翻弄されることを体験するために。

だからといって後者が優れているとかいうことではないし、自分の意思で後者の意識レベルに移行できるものでもない。
けれども仮にもし、このブログを読んでいる人が後者の意識レベルに移行することがあったなら、このブログに書き記されていることが、呼吸をするくらいに当たり前のことになってしまう。

後者の意識レベルに移行してしまったなら、変えられないことを受け入れなければならない苦しみというものが待っている。

その一方で、すべては起こる必要があって起きていることを理解している意識レベルにあるため、過去への後悔や未来への期待といった波風が激しくは立ちにくくなる。
そういう意味での平穏は得られる。

引き換えに、過剰に幸福を感じることはなくなり、過剰に不幸を感じることもなくなる。
自分で人生を切り開いているような達成感や充実感は、希薄になる。
人によっては虚無感に苛まれる(私にもそういう時期がありました)。


結局のところ、どちらの意識レベルであっても、この世界に肉体を持って存在する限り、
「苦」が100%完全に滅却されることはない。



意識レベルの話は、この↓ふしぎ発見も参考になるかもしれません。

必要なパーツがすべて噛み合って、初めてそれは自転車(世界)だよ










今年もまた冬を越し、
春も越えて、
実をつけたパクチーの種の収穫期が来ました。

IMG_20160601_142159.jpg

花が咲き、この枯れ枝のような状態になるまで放っておき、
種をつまむとぽろぽろと種がこぼれてきます。
年々、取れる種が大きくなっていってるのがわかります。
冷蔵庫に保存すれば、数年持ちます(元気な種なら10年くらい経ってもいけるかもしれません)。
単純に、育てたパクチーがいろんな場所に波及していけばいいなと思うので、
遠慮なく「種をおくれ」と連絡下さい。





前のパクチーに関する記事で
パクチーは夏に弱いことをお伝えしましたが、
いつか真夏にも耐えうるパクチーを育てるべく(夏にこそ一番食べたい植物だけに)、
あえてうちのパクチーが苦手な時期に種を植え付けました。
で、10日ほど経ってこの通り芽が。

IMG_20160531_161205_convert_20160604104132.jpg


さあ、今年こそはパクチーたちは真夏の猛暑を耐えぬくことができるでしょうか。












あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「ナオト・インティライミ / 未来へ」
作詞 オオキノブオ

誰のせいでもない運命
恨む相手がいたら救われたのだろうか




パクチーの種を差し上げます。
詳しくはこちらの記事↓を読んでみてください。

http://domidorikun.jp/blog-entry-435.html

希望のメールを下さった方へ 
メールを送信してから10日経っても届かないようでしたら、またメールください。




この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

瀕死の状態から起死回生の復活を遂げたゴーレム

こいつは多肉植物のゴーレムといいます。

IMG_20160529_095257.jpg






初めての出会いは
忘れもしません。



私の相方がひどく体調を壊し
付き添い
タクシーで向かった病院の玄関で
「ご自由にお持ち帰りください」と
しなびた老人のような
余命いくばくもなさそうな
瀕死の状態で
光の挿さない隅っこに置き捨てられていたのが
こいつでした。





それが今ではどうでしょう。
この鮮やかなどみどり具合
漲る生命力
サワーズグミのような
はち切れそうなほどのむちむち!






瀕死の植物が
見事に復活する様に立ち会えることは
ベランダーであることの
ひとつの醍醐味なわけですが





私たち人間は
勝負ごとや
ひとつの物語における
起死回生の逆転劇
大好物です。




ある種のスリルや快楽がそこにあるから
そういう理由も確かにあるかもしれません
ですが私は
起死回生の奇跡に
自覚的にしろ無自覚にしろ
神(本当の自分)を垣間見るからこそ
人間は起死回生を何度でも求める
のだと
そう感受せずにはいられないのです




そしてその奇跡は
決して偶然などではなく
私たちの本質がいままさにここにあるというヒントを
指し示すためにこそ
必然的に起こされる
のです
これからだって
何度だって











あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「起死回生STORY / THE ORAL CIGARETTES(ジ オーラル シガレッツ)」
作詞 Takuya Yamanaka

存在の価値は一体どこの誰が決めたんだろうか
世界というものに一切の価値を生み出せない人間に
誰が希望を与えるべきか
自分か はたまた赤の他人か
そんなことに誰が興味を持つか
そもそも自分以外の人間にそんなことは関係ない




パクチーの種を差し上げます。
詳しくはこちらの記事↓を読んでみてください。

http://domidorikun.jp/blog-entry-435.html

希望のメールを下さった方へ 
メールを送信してから10日経っても届かないようでしたら、またメールください。




この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
最新投稿
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
どみどりな応援者
RSSリンクの表示
QRコード
QR
やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。