「食」と「健康」から見えて来るふしぎ発見

こんなタイトルのブログであるだけに、
私を菜食主義者であると思う方がいるかと思います。
あるいは、オーガニックコットンの衣類しか着ないのではとか、
有機栽培の食物しか食べないのでは、と思う方がいたりもするのかもしれません。



いえいえ、
多くは食べませんが、肉は好きです。
魚介類はもっと好きです。
添加物の入ったジャンクフードだってアイスだって食べます。
衣類にしても、肌に直接触れる部分のものだけ、化学繊維かどうか、くらいのことを気にする程度です。





思えば過去には、肉類を完全に絶とうとした時期がありましたし、オーガニッック食品にこだわり続けた時期がありました。
もともと身体が丈夫ではなかったこともありますが、福島原発事故に端を発し、健康志向には拍車がかかり、食品不信は加速し、
肉類は霊性を下げる、運を悪くするといった、スピリチュアルや精神世界的解釈にまで振り回されていた時期でもありました。
ですが、あるとき気がついたのです。




人間の身体は、多少の添加物や不純物を摂取したくらいで私生活に影響が出てしまうほど、やわではありません。
身体に害を及ぼす物質を無害化したり、体外に除去する機能がちゃんと備わっていますし、
ほどほどであれば、消化しにくい食品だってどうにかこうにか処理してくれます。
肉を食べすぎれば確かに思考や身体は重くなりますが、「運が悪くなる」はさすがに言いすぎです。
当時の私は本気で「運が悪くなる」と信じていたわけですから、行き過ぎた思い込みというものは本当に救いようがありません。



水野南北という江戸時代中期の観相学の大家は、食と運は関係があるし、その視点での占いに万にひとつの外れもなかったといったことを豪語していたそうですが、そもそも、運の良さ(個人の幸福の基準)を他人が決めている時点で、ちょっと微妙なところです。
とはいえ、水野南北個人の定義に沿うならば、ぴったり当てはまる共通項があったのは確かなのかもしれませんね。

そして、過剰に甘やかされ、スポイルされて育った子供が、打たれ弱く、わがままで、自立心の欠如した大人になりがちなのと同様に。
無害なもの、消化しやすいもの、身体を甘やかすものしか摂取してない身体は、いざそういうものを摂取してしまったとき、途端に体調を壊したり、受けるダメージが大きいように私には見受けられます。
リアル人生ゲームがそうであるように、毒はときに毒を制すのです。



この世界が無害なものしか存在しない世界であったなら、そんなことを考える必要性すらないでしょう。
ですが、そここに有害物質や汚染物質が漂う現在のこの世界に在って、それは不可能に近いものがあります。



とはいえ、毒ばかりでは健康を害します。
まれに毒ばかりでも健康な人はいますが、それは先天的に肉体が丈夫な人です。
肉食ばかりでは、同じく健康を害します。
私の施設には、古希にもなって肉食で大食いのスタッフがいますが、にもかかわらず健康でよく働きます。
ですがそれもまた、育った環境の食習慣だったり、先天的な肉体の特質なのです。



ひとそれぞれ姿形や能力が違うように、摂取すべき食べ物、摂取すべき量や回数も違います。
巷では、すべての人をひとくくりにしてしまうような、西洋医学的健康情報であふれていますが、安易に鵜呑みにしないことが賢明です。
あなたの肉体には、他の誰の肉体にもあてはまらない、あなたの肉体だけのオリジナルの健康法があります。
自らの肉体と対話しながら、自分の肉体に合っていると確信出来る情報だけを取り入れて、
無理なく、健康な身体を育てていってください。
健康であることの幸福を理解するために、ときには不健康であることも必要な場面がありますが、
それはそのときになれば嫌でもわかることですからね。




これからは不定期で、健康に役立つようなふしぎ発見も書いてみるつもりでいます。
きっと、役に立つと思います。









PS こんな画像を見つけてしまいました。
   ファンの考えることはだいたい一緒ですね。






KrTY6Zc_convert_20160517120917.jpg
転載元はこちらです。 http://imgur.com/gallery/KrTY6Zc










あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「マリー・アントワネット / 水曜日のカンパネラ」
作詞 ケンモチヒデフミ

アヴアンチュールなムーランルージュ
愛読書はフランス書院
恋はベルバラお菓子は別腹
エブリバーガールマンドちょこあんぱん






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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。